コラム
偏見の自覚
今年は台⾵の当たり年である。先⽉は京都に出張に⾏ったのはいいが、帰ってこれず苦労した。この台⾵の進路はこれまでにないもので、近年の気候変動を感じざるを得ない。
さてこの気候変動は、⼈間がどこまでも便利で快適な⽣活を送るために化⽯燃料を使い、電⼒を使い続けている結果、地球の温暖化が進んだものというのが良識的な理解であるとおもう。
ところがこれに対して「地球のサイクル」だとか「太陽の活動の影響」だとか、別の理由を意⾒する⼈々もいる。その主張には、⼈間の活動程度で地球の気候が変動しないとして、これまで通りの⽣活を続けようというのである。
これにつけて思うのだが、ある事実を私たちはどう受け⽌めるのか。⼈間は⾃分の都合に合わせて偏った⾒⽅をする傾向にある。これに対して浄⼟真宗では「真実は私にはない」という事を⼤切にする。そして真実としての本願を拠り所とする
「念仏申す」⽣活が⼤切にされている。
その意味は、⾃分に都合の悪い事実、不安にさせられる事実に対して、偏った⾒⽅をして、無意識に⾃分の都合に合わせてしまう。そんな私たちに対して、「真実を拠り所にせよ」という呼びかけである。たとえ真実にたどり着けなくとも、真実をよりどころにしようとする願いが⼤切にされているのである。
気候変動の本当の理由がなんであるのかはしっかり⾒極めなければならないとおもう。たとえ不都合な事実であっても。