コラム
終っても大事な「こと」
年末に向かい「店じまいセール」の看板を目にすることがある。
お買い得なんじゃないかと思って、さほど必要でない物もついつい買ってしまう。
でも一年後も同じ店がまだ「閉店セール」をやっていたりすると、「ああ、お店の戦略にやられた」と苦笑いすることがある。
同じ「しまう」でも近年、お寺に相談や依頼が増えてきているのが「仏壇じまい」「墓じまい」である。
どちらも人口減少や社会環境の変化という背景があるといわれるように、それぞれのご家庭の事情を伺うと、継承者がいなかったり、本土に移住していたりという事が多い。
仏教の基本的な教えの一つに「諸行無常」がある。
変わらず存在し続けると思っていたものが、実は幻想で、変化していくという事である。
在ったものが無くなることもあるし、無かったものが出来上がることもある。
この点から言えば、墓も位牌も永遠に存続するものではなく、変化していくのが事実である。
しかしである。
仏壇と呼ばれる位牌やお墓を「終う」ことをしても、今生きている私たちにまで「いのち」をつないでくれた過去の人々の歴史が終わるわけではない。
今を生き、未来を生きる一人ひとりがいる限り、過去を生きた人々の事実と影響は変わらない。
その人々への想いを確かめる場所として存続してきた仏壇やお墓を「終う」ことしても、その敬意の念であったり、様々な思いはしまわず大切に継承してもらいたいものである。
「ナムアミダブツ」は、いつ、どこに、どんな状況で、どんな性を生きていたとしても、いのちの歴史と私を照らし出してくれる「仏」との関係が相続できる。
ぜひお念仏をお勧めください。
南無阿弥陀仏